第3話:一本のギターに救われて

朝5時。鳥取の空はまだ薄暗く、静けさが街を包んでいた。ヤマカちゃんはコンビニコーヒーを片手に、ゆっくりと車に荷物を積み込んでいた。
今日の目的地は愛知――楽器卸会社の「年に一度の特価市」。全国の楽器店が集まり、早い者勝ちで目玉商品を取り合う、まさに真剣勝負の場だ。

「ヤマカさん、パンだけでいいんですか?さっきのコンビニでおにぎり買ったので、よければどうぞ。」
運転席の店長が差し出した塩むすびは、妙にありがたく見えた。

5時間以上かけて会場に到着すると、受付で渡された整理番号は「23番」。

「これは……ほぼ最後ですね。いや、もう“殿(しんがり)”ですね。」
ヤマカちゃんが苦笑する。

道中の車内では、リストを何度も見直してきた。会場にずらりと並ぶギターやベースを前に、ヤマカちゃんは真剣な眼差しで1本ずつ検品し、まず4本に目星をつけた。だが念のため、候補を12本まで広げた。あとは、順番を待つだけ。

「1番、○○楽器さま〜」
アナウンスとともに、1本目の候補が即座に売約された。

「まあ、これは予想通りですね……」
表情を崩さずリストを見直すヤマカちゃん。だが2番、3番……と進むにつれて、候補の楽器は次々と減っていく。18番が終わった時点で、残るはあと1本。

「お願いだから、せめて1本だけでも……」
そう願いながら、ヤマカちゃんは目を閉じた。

「19番、〇〇商会さま〜」
──最後の1本も売約済み。

いよいよ23番のヤマカちゃんに順番が回ってきた。
「……パスでお願いします。」
声がかすかに震えた。2回目の順番も、同じくパス。

「私は、いったい何のためにここまで来たんだろう……」
ぼんやりとした思考の中で、なぜか昔好きだったバラードのメロディが浮かんでくる。

そのとき、店長が別のリストを見直しながら、ふと声をかけた。
「ヤマカさん、このメーカーのギター、誰も見ていないみたいですよ。せっかくですし、記念に1本だけでも買って帰りませんか?」

その一言が、不思議と胸に沁みた。

「そうですね……ここまで来て、何も持ち帰らないのは、さすがに寂しいです。」

3回目の順番も終わり、ヤマカちゃんは別リストから、地味だけれどしっかりとした1本を選び、担当営業に購入を伝えた。

数日後、そのギターが店に届いた。丁寧に撮影し、商品ページを作ってECサイトに掲載する。正直、売れるとは思っていなかった。

ところが、販売開始から数日後、思いがけず問い合わせが入った。

「このギター、ずっと探していたんです!購入希望です!」

ヤマカちゃんと店長は顔を見合わせ、静かに頷いた。

「ギターって、本当に人を救うんですね。」

文:店長 + ことのは工房


あとがき

毎年恒例の“仕入れ戦争”は、ヤマカちゃんにとっても体力も気力も試される行事です。けれど、あの1本が売れた瞬間、すべての苦労が報われたような気がしました。

人生には、思い通りにいかないことも多いですが、ふとした“予想外の出会い”が、心を救ってくれることがあります。

このギターは、まさにその象徴だったのかもしれません。

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